vol.12【社会を動かした女性たち(8):ジェーン・オースティン】
前回のエリザベス・フライに続き、英国のポンド紙幣に描かれている女性をご紹介しましょう。昨年秋から流通が開始している新10ポンド札の肖像には、小説家のジェーン・オースティン(Jane Austen, 1775-1817)が採用されました。新デザインの紙幣がお披露目された2017年7月18日は、彼女の没後200周年の節目に当たります。 ジェーンは牧師の娘として、8人きょうだいの7番目に誕生しました。特に、唯一の姉カサンドラとは、生涯を通じて仲むつまじい関係を築きました。本を読み聞かせた父と詩を学んだ兄、そして姉と共に寄宿学校で受けた教育の影響が、彼女の文学への興味と創作への意欲を掻き立てます。10代から創作活動を始め、20歳前後には後に出版される名作の原本となる「エリナとメアリアン」や「第一印象」が生まれました。1811年に『分別と多感』(原題:Sense and Sensibility)を自費出版。1813年には彼女の代表作『高慢と偏見』(原題:Pride and Prejudice)が刊行され、大好評を博します。 ところが、ジェーンは匿名で小説を出版していたため、当初から彼女の名前が広く知れ渡ることはありませんでした。当時本名を隠して作品を発表することは、男女問わず行われており、作者が「ある婦人」と称されたり、女性が男性名で出版したりすることも少なくなかったのです。また残念なことに、彼女の自筆の手紙はジェーンの死後、カサンドラら親族によって焼却処分されてしまい、彼女に関する資料や肖像画はあまり多く現存していません。 そんな彼女が見た風景や人間関係を知る手立ての一つが、彼女が著した写実的な長編小説です。イングランドの田舎を舞台とし、人々の普遍的な生活や人物像を描いた作品は、数多くの読者から愛され続けてきました。出版後、彼女の作風を凡庸で退屈だと批判する作家が登場する中、彼女を「写実の泰斗なり」と絶賛していたのは、われわれがよく知る文豪・夏目漱石でした。彼女の優れた人物描写の技の一例として、新10ポンド紙幣に印刷された『高慢と偏見』の一節を引用しましょう。 この作品を読めば、このような感想を抱くことができるかもしれません。実はこの台詞、登場人物のミス・ビングリーが、読書に没頭して自分の相手をしてくれない思い人ダーシーに対する嫌味として言い放ったものです。こうした登場人物の心情や日常生活における人間関係を皮肉やユーモアを交えて描き出すジェーン・オースティンの作品。そこからは、徹底して自分が知る範囲のことしか書かなかった彼女と18-19世紀を生きた女性たちの人間模様を垣間見られるに違いないでしょう。 |